クリスマスイヴ

今日はクリスマスイヴ。

さっきクリスマス前の最後の買物に行った。いつもより行き交う車も駐車している車も今日は少ない。ロンドナーは皆それぞれの目的地に行ったんやろうね。

反対にホテルが多いうちの近くでは、マレーシアやアラブからの旅行者を多く見かけた。この辺りのキリスト教徒じゃない人が経営しているお店は、明日のクリスマスも空いているらしいから、旅行者が食べ物に困ることはない。

イギリスでは24日はあくまでもクリスマスイヴで、今日も明日の為の買い物をする人や半日仕事をしている人も結構いる。

でもヨーロッパの友人達は、イヴである今日24日に家族で集まってクリスマスを楽しんでいる。スペイン、フランス、イタリアとみんな今夜はキャンドルライトの元でシャンパンやプロセッコを飲みながら、エビとアボアドカクテル、生ハム、生牡蠣なんかを頂いているのが想像つく。いいな~!

私的にはそんな風にろうそくの明かりの中で、ゆっくりとクリスマスムードを味わいながら夕食を取りたかったけれども、なんと家族会議の結果、今夜は寄せ鍋に決定。あ~キャンドルライトのイメージからはかけ離れていくけど、クリスマスの夕食はワイワイガヤガヤ盛り上がった方が楽しいかな!?

明日のクリスマスランチは生牡蠣、スズキのカルパッチョ、エビのニンニク炒め、突き合わせにはローストポテトをはじめいろんな野菜、いろんなサラダ、ソーセージ、芽キャベツ、デザートはパブロバとオーストラリア色が強いメニューにする事に決定。

本当はターキーとか食べたいけれども、お肉が食べれない夫の事を考えると、みんなが好きな魚介料理の方が我が家にはあってるから仕方ない。

この時期になると、普段はほとんどアルコールを飲まない私でも、ちょっとシャンパン、プロセッコ、モールドワイン、ポートを飲みながら、チーズや生ハムなんかをつまみたくなる。

今宵はイギリス産のスチルトンチーズにポートではなく、スペイン産のチーズ、マンチェゴとイタリア産のゴルゴンゾラ、イギリス産のウエンデイデールアンドクランベリーチーズとプロセッコでスタート。

これだけで、クリスマス、ホリデー気分になるから不思議だ。

さて今は夕食も終わり、家族でちょっとしたゲームも楽しみ、一段落したところ。

「クリスマスイヴに寄せ鍋をいただき、明日はターキーも食べない我が家のクリスマスはなんかクリスマスらしくないわ~」とちょっと愚痴をこばしていたら、家族みんなに「一体どんなクリスマスイヴがママにとってのクリスマスイヴなん」「どこの誰がそんな感じのクリスマスイヴを送ってんの?」と責められる!

昔スペイン人の友人宅で経験したクリスマスの話をすると、娘も夫も「そんなんより今日の寄せ鍋の方がいいわ~」と返される。

確かにクリスマスに何を食べるかは国、人それぞれ。チェコ人やポーランド人の同僚は24日にはお肉は食べない習慣があるので魚を食べるって言ってたし、クリスマスにはターキーや鴨が人気のフランスだけれども、私のフランス人の友人はきじを焼くって言ってた。

クリスマスの朝には、知り合いのイタリア人にもらったPan d’oroを食べる予定だったけれども、娘達に頼まれて今夜の寄せ鍋の残りにうどんを入れて食べることに決まった。

ほんまうちのクリスマスは日本、オーストラリア、イギリス、フランス風となんでもありのクリスマス。

でも一番大事なの、大切な人々と感謝の気持ちを持って楽しい時間を過ごす事やね!

Merry Christmas, everyone!

12月がやってきた

とうとう今年も12月に突入。1日は朝、職場(小学校)につくとクリスマスソングがかかっていた。ちょっと前から街角ではクリスマスツリーが売りだされ、スーパーに行くとポインセチア、クリスマスカード、クリスマスパーティー用の食べ物が売られ、この時期限定の殻付きナッツが店頭に並びだす。

クリスマスマーケットも出現して、ホットチョコレート、モルドワインの匂いにひかれ、仲良く並べられたジンジャーブレッドマンにもお目にかかる。

12月はクリスマス前のワクワク感で満ちている。

子供の頃実家のクリスマスツリーにかかるライトのピンク、紫、青色が点滅する様をずっと見つめながら、異空間感を少しばかり楽しんでいた私。私にとってのクリスマスは、25日の朝枕元に置いてあるサンタさんからのプレゼントを開ける事、不二家のぺこちゃんの長靴に入ったチョコレートやお菓子、クリスマスケーキを食べる事だった。それでもそこには何か特別なものがある事は感じていた。

ロンドンの小学校にとってのクリスマスは、まずはNativity Play 、キリスト降誕劇。11月中旬から日々リハーサルをおこなって、12月12日に親にお披露目する。数年前までは、Nativity Playと言えば宗教の授業の一環として、伝統的なクリスマスソングを歌って、キリスト降誕を演じていた。

でも最近は、宗教的な意味合いが薄まり、少しポップにアレンジされたクリスマスソングを歌い、ローマ兵やシーザーなんかが登場する台本で演出される。

Nativity Playはキリストの生誕を祝う劇だから、時々イスラム教徒の親は子供のNativity Playへの参加を認めないこともある。でも今年一番上手に熱意を持ってクリスマスソングを歌っているのは、イスラム教徒のカタール人の児童、なんか見ていて微笑ましい。

次にNativity Playと同様に大事なクリスマス行事、Carol Service、クリスマスのミサが行われる。

これは中高生、父兄も一緒に近くの教会で、賛美歌を歌い、キリスト生誕にちなんだ聖書の朗読をして、とても厳かに行われる。イギリスでは必ずクリスマスの賛美歌と言えば、Once in Royal David’s Cityで始まり、Hark! The Herald Angels Singで締めくくられる。キリスト教徒でない私や友人たちも、長年イギリスにいるとクリスマスのミサを歌う事が楽しみになってきているほどで、これも12月の楽しみの一つだ。

時には児童を連れて、病院にクリスマスの賛美歌を歌いに行き募金活動をする事もある。

私はクリスマス前には娘達と一緒に近くの教会に賛美歌を歌いに行く。キリストの生誕に想いを馳せる訳ではないけれども、賛美歌を歌っていると心が綺麗に洗われていくようで、ヒーリングがされているようで気持ちがいい。

次に子供もスタッフもクリスマスジャンパーを着て、クリスマスランチをいただく。

今までは伝統的クリスマスランチ、ターキー、ソーセージ、詰め物、ポテト、人参、パースニップのローストに芽キャベツだったけれども、両親の大半が外国人の子供達にはこのイギリス的クリスマスランチは不人気で、今年はソーセージは残るけれどもピクニックランチのメニューに変更されるそう。これには大人達はがっかり!

そしてNativity,Christmas Carol,クリスマスランチが終われば、我が校では、全児童を連れてイギリス12月の恒例行事である、パントを観にいく。

パントとはパントマイムの事で、16世期にイタリアで誕生した即興喜劇が元になっている。

ピーターパン、アラジン、ジャックと豆の木、眠れむ森の美女などの童話をベースに、大袈裟な衣装を身に包んだ俳優が登場し、必ず悪役が出て、観客も参加するドタバタ劇がパント。

悪役が登場するたびにみんなでブーイングしたり、そこにいるでーと大声で叫んだりする。時には大人のジョークが飛んで、これ言っていいの?と思わせるが、子供の頭を素通りして、みんなが笑っているのがまた面白い。

時には悪役を怖がる子供もいて、スタッフはそんな子供をあやしながらも楽しんでパントを観ている。

パントで大笑いした翌日が今学期の最終日となる。

冬休みに入った子供達にはまだまだ12月恒例の催し物が待っている。ラッキーな子達はバレエのくるみ割り人形やスノーマンの劇を観に連れていってもらったり、クリスマスマーケットに連れて行ってもらってアイススケートをしたり、サンタさんと写真をとったりと楽しみがいっぱいだ。

大人は大人で、友人とパーテイーをしたり、プレゼント交換をしたり、この時期ならではの映画Love Actuallyを見たり、やはりこの時期ならではのミンスパイやモルドワインを頂いたりと、子供と同じように楽しんでいる。

あー素晴らしい12月よ、どうかどの人にとっても楽しい月でありますように!

ブランチ

私はランチとブランチなら断然ランチの方が好きだけれども、次女いわく彼女の友人の間ではもっぱらブランチが人気があるらしく、彼女もよく友達とブランチに行く。

そう若者はブランチが大好き。

うちの近所の人気カフェ、Beamなんかはインスタ映えする食べ物が多いのか、カフェの前にはいつも長蛇の列ができている。

通常ブランチメニューを見ても、パンケーキ、ワッフル、フレンチトースト、オムレツ、キッシュ、ベーコンエッグと朝食とどこが違うの?と思わせるようなメニューばっかり。特に人気のアボカドトーストなんかは、家で作る方が絶対美味しいのに、カフェで食べると15ポンド(約2800円)以上はするので、注文する気にはならない。

1度ブランチにアボアドトーストを頼んだ時「ポーチドエッグつきなら別料金3ポンドが入ります」と言われ、意地でエッグなしにしたら、味があまりにも単調で、それ以来カフェではアボカドトーストを頼むのをやめ、アボカドトーストが食べたい時はもっぱら家で作る事にしている。

ブランチの定番アボカドトーストは、2010年ごろからカフェのメニューに出てくるようになった。

もちろんアボカドの産地である中南米では昔からスライス、または潰してマッシュしたアボカドをトルティーリャやパンにつけて食べていた。でもカフェのメニューとして定着させたのは、オーストラリア人のレストランオーナーシェフで日本にもお店を展開しているBill Grangerが最初だと言う説がある。彼の作るアボカドトーストは1993年にデビューした。

ちなみに私はフランス人の友人Sにアボカドトーストの作り方を教わった。天然酵母のパンをトーストして、そこに少量のオリーブ油を塗る。潰したアボカドにエキストラバージンオリーブ油、上質の塩、黒胡椒を加えて混ぜ、トーストに塗り、チリペッパーフレイクをちりばめていただく。BIll Grangerはここにライム汁を加えているが、友人Sに教わったレシピの方が美味しい気がする。

ブランチはあんまり好きじゃないと言ったものの、ここ最近何度か友人宅にブランチにお呼ばれして、感激したこともある。

招待する方にとっては、気軽に作れる物が多く、お店で買ったパンや出来合いの物を並べても気が引かないブランチは、人をもてなすには最適だ。

この間はデンマーク人の友人Iとコペンハーゲンから遊びに来ている彼女の友人達がブランチに招待してくれた。デンマーク料理ではなかったけれども、生姜入りのレンズ豆とほうれん草のスープ、スイカとフェタチーズのサラダ、ピーマンのオムレツ、バナナ入りオーツパンケーキ、チョコレートケーキ、フルーツサラダとなんでもありで、家庭で作るブランチはいいなーと思わせる楽しい会食だった。

ブランチは元々、1890年ごろイギリスでその概念ができたけれども、1930年のアメリカ、特に中流階級以上の人々の間で人気が高まったとされている。特に週末なんかはゆっくり起きてきて、朝食の代わりにブランチと取るのは現代人の生活にはあっているのかもしれない。

ブランチを取って、そのあとは夕食まで何も食べずいた方が1日2食になり健康にもいいかな?

今まで否定気味だったブランチよ、ここで見直して今度休みになったら友人をブランチに招待してみよう!

ジャージャー麺

以前より一層韓国ドラマにはまってしまっている私。

目下ハーフタームホリデー中とあり、自制心のない自分を再発見するほど、いつもより多く韓国ドラマを見てしまう、見てしまう!

愛の不時着を見て以来韓国ドラマにはまり出したアイルランド人の同僚が、熱心に他の同僚に韓国ドラマの話をするので、1人また1人と韓国ドラマを見出しているのが私の職場。

この人は多分韓国ドラマを見てないやろうなーと思う同僚すら、セントルシア出身のお母さんとお姉さんが熱烈な韓国ドラマフアンと言ってたし、インスタグラムには、ナイジェリア人が作った韓国ドラマを知った後に自分の彼氏に求める動画が載っていたり、Netflixがある限り、韓国ドラマフアンは世界中で増え続けているんやろうね。

アイルランド人の同僚は「家の近くのグランドを歩いてたら、サッカーボールが自分の近くに飛んできたので、拾ってボールを渡したら、めちゃくちゃハンサムな韓国人の男性が有難うって笑顔で手を振ってくれて、もうそれだけで1日めっちゃハッピーな気分やったわ~」って嬉しそうに言っていた。

今はこんな世界になったんやね!

私は韓国ドラマの食事シーンが好きだ。

そして韓国ドラマを見ていると、無性にジャージャー麺が食べたくなる。

インスタントラーメンを食べているシーンも多いけれども、ジャージャー麺を食べているシーンは、いかにジャージャー麺が庶民に愛されているかがよくわかる。みんな美味しそうに麺をすすっていて、これを機ににジャージャー麺を食べだす人も多いはず。

ジャージャー麺は韓国式中華料理。その起源は中国山東省や中国北部の家庭料理で、1883年に山東省から韓国にやってきた中国人労働者の人達が、韓国で手に入る材料で作った麺が韓国でのジャージャー麺の始まり。中国ではやチャーチアンミェンと呼ばれていて、日本も含め、香港、台湾でもそれぞれのバージョンで存在する人気の麺料理だ。

韓国のジャージャー麺はカタカナ表記にするとチャジャンミョン。チャンジャンと呼ばれる黒味噌で炒め、片栗粉でとろみをつけたソースが麺にかかっている。具には豚肉、玉ねぎ、ネギなどが使われているが、韓国ドラマの中ではシーフードのジャージャー麺も出てきたこともある。

ジャージャー麺は庶民の代表的な外食メニューとして、また卒業式など特別な日に食べられる食べものとして定着していったようだ。

中国でも韓国ドラマの影響でジャージャー麺が知られて、中にはジャージャー麺は中国ではなくて、韓国の食べ物と認識する人もいるとか?

とにかく私も触発されて、何回かインスタントのジャージャー麺を買って作ってみた。

うん、ハマる味。そして休みに入った今週は韓国人が作るジャージャー麺が食べたくて、やっと念願のジャージャー麺を食べに行ってきた。

こうしてまた新しい外国の味が世界に広まっていく。

そう言えば先週娘がオックスフォード郊外にある典型的なイギリス人家庭のお宅に、家庭教師として伺った時、お昼にピザとキムチをご馳走になったと言っていた。キムチは韓国食材店で売っているようなものではなく、イギリスのデリで作られてものだったそう。

キムチ、ジャージャー麺、韓国式ホットドック、韓国食はこれからますます人気が出てくるんだろう。日本ではアニメが、韓国では韓国ドラマやK-Popが世界をつなげてくれている。

こうして今夜も、世界中の韓国ドラマフアンと共に心はソウルに飛んでいく私、アンニョン!

ラグビー観戦

今、フランスではラグビーワールドカップが開催されて盛り上がっている。残念ながら地元フランスはラグビー強豪国である南アフリカに敗れてしまったけれども、フランス人観戦客の熱い思いはテレビを通じても感じられ、その試合を見ていた南アフリカ人の友人でさえ「なんか悲しい」と言っていた。

2019年に日本で開催されてラグビーワールドカップは大成功だったと聞く。

スポーツの国際試合開催は開催地に経済的にも、心情的にも、平凡になりがちな日常を盛り上げてくれる。

先週は日本ーアルゼンチン戦が行われた。いつもは自宅でラグビー観戦をしている夫は、この日の試合を、長女と学生時代ずっとラグビー選手だった娘の彼氏、彼氏のご両親と一緒にパブに試合を観に行った。

日本は負けたけれども、いい試合を観れた夫は「パブの一角はアルゼンチン人のサポーターがいたけれども、ほとんどの人は日本を応援してたで、めっちゃいい試合やった」と嬉しそうな顔をしながら家に戻ってきた。 私は自宅で片付けをしながら時々試合を観ていたが、それでもアルゼンチンが点をとれば、また日本も取り返すと言う試合で、現地の人が盛り上がっているのがよく感じられた。

ラグビー、1823年にイギリスの名門校ラグビーで、サッカーの試合中に選手がボールを手に持ってゴールに走ってしまった事が元でラグビーが誕生したと言われている。

私の弟は昔ラグビーをしていたし、母はラグビーテレビ観戦が大好きだった。弟の経営するお店にはプロのラグビー選手がよくきてくださると言う。長女は大学で男女混合のラグビーチームに入っていたし、我が夫は大のラグビーフアンで、ほとんどの国際試合は見れる限り自宅でラグビー観戦をしている。

だから私にとってラグビーはとても身近に感じるスポーツ。

でもイギリスで誰もがラグビーを見るかとうと、決してそうではない。

オーストラリアではラグビーは誰もが見る、庶民のスポーツだけれども、イギリスでラグビーが好きな人は、学生時代にラグビーをしていた人達や、家族や友人がラグビーをしていた人、短絡的に言えば私立の学校で教育を受けた人達に多い。

もちろん全部が全部とは言えないけれども、イギリスの学校で教えられているスポーツは、ラグビーがプレイできるだけのフィールドがあるイギリス北部やウエールズの除けば、私立の学校ではラグビー、スペースに限界がある公立の学校ではサッカーに力をいれている傾向があるからかもしれない。

イギリスでは、テニスのウインブルドン観戦客がお洒落で、お金持ちそうな人が多いのと同じで、各スポーツと社会階層に関連性が見られる。インド人の誰もが愛するクリケットも、イギリスではどちらかと言えば中流階級と認識されている人達に支持されているようだし、アメリカでは人気のラクロスをイギリスで教えているのはほとんどが私立の学校と聞く。

面白いのはスポーツ観戦に力を入れているパブでも、ラグビーの時間帯、サッカーの時間帯、クリケットの時間帯、また別のスポーツの時間帯があり、それぞれが好きなスポーツを見に、各フアンが入れ替えたちかえやってくる。

ラグビーの試合が見れるかを、あらかじめ事前にパブに電話をして行った夫が「ラグビーを見てたら途中からサッカーフアンが多くやってきて、チャンネルをサッカーに変えられた」と文句を言いながら帰ってきた事があり、パブでラグビー試合を見たい時はラグビー観戦を優先しているパブを探してから出かけていく。しかもスクリーンが大きいかどうかも確認していくから、なんか笑わせる!

それでも、人それぞれ好みのスポーツがあっても、大きな国際試合の準決勝に自国が出るとなれば、誰もが少しは応援してみようと思うんでは?

今週末に行われるイギリスと南アフリカ戦、この国ではこれは盛り上がりそうや!

Notting Hill Carnival

毎年8月最後の週末は、月曜日が祝日で3連休になる。そしてこの連休の日曜日と月曜日は、ロンドンのNotting Hillでは大きなカーニバルが開かれる。

第二次大戦後、労働力の足りなかったイギリスにカリブ海沿岸諸国のジャマイカ、セントルシア、グレナダ、トリニダード・ドバコなどから多くの人々が移民してきた。

彼らの多くは、今では映画のロケでも有名になったNotting Hillの北側に住むようになる。

当時のロンドンでは人種差別が激しかったらしく、カリブ海沿岸諸国からやってきた人々は、度々人種差別の標的にされていたと言う。ついに1958年にはこれに対抗して暴動も起きてしまった。

その後人種差別問題解決策の一環として、1966年にカリブ海沿岸諸国の文化の祭典である、カーニバルが毎年開かれる事になった。

カーニバルを運営する英国カリビアンコミュニティーの人々は、ダンス用の衣装、装飾、ダンスを何ヶ月もかけてカーニバルの準備をする。

日曜日はコミュニティーの子供たちが、月曜日は大人がメインで音楽に合わせて、ダンスをしながら通りを進んでいく。各山車にはミュージシャンが歌を歌い、音楽に合わせてたくさんの人がその周りで踊る。衣装はとてもカラフルで、ダンサーも見学者もノリノリで踊り、みんなとても楽しそう。

このカーニバルに参加する為に、多くの人がロンドンにやってくる。

私はNotting Hillに隣接する地区に住んでいるけれども、日曜日の朝カーニバルが始まる前にでかけた時は、ジャマイカの国旗を身にまとう家族連れ、ビキニ姿やもうすでに興奮しまくっている若者が大勢Notting Hill方面に向かって、笛を吹きながら、音楽を聴きながら歩いていた。

大きな声を出して歌って踊る事は楽しい以上に、日頃のちょっとしたストレスをも発散でき、まさにそれがカーニバルの醍醐味。普段は日常品を売っているパキスタン人のお店も、この日だけはベットボトルのお水のほか、ジャマイカの国旗や笛を歩道に出して売りさばいて、音楽もレゲエを流して商いをしている。

でも残念な事にこの間、スリを筆頭にちょっとした事件が発生するのもカーニバル。

今年はそれほどひどくはなかったものの、ナイフでの暴行事件もよく聞く話だ。毎年このような事件が発生する為今では通行規制が設けられ、かなりの数の警察が動員され、それ事態もちょっと緊張感をうんだりする。

カーニバルの山車が家の前を通る友人は、この時期は必ずロンドンにはいないようにしているし、その友人の隣人は、カーニバルの間自分の庭で酔っ払いにおしっこをされると言う迷惑な被害を何度も被っている。外がガラス張りになっているお店は窓にベニア板を貼り付けて防御をしているし、近所の日本食材店で働く女性も、カーニバル当日は酔っ払い客が増えるので、ちょっと怖いと言っていた。

実は私はカーニバルにはいかなかった。日曜日、近くまで行ったけれどもあまりのゴミの量、特にビールの空き瓶、空き缶や人混みを見て行く気が失せてしまったからだ。

それでもやっぱりカーニバルは多くの人に愛されている大事なロンドンイベント、後になって行かなかった事をちょっと後悔!

カーニバルが無事終わったときいてホットしたし、ご両親がセントルシア生まれの同僚が、この日は自分の娘を両親に預けて、同じカリブ諸国のルーツを持つ友人とカーニバルにやってきて、思いっきり踊って楽しんだって聞いた時はとても嬉しくなった。

何よりもカリビアンコミュニティーの人々が自分たちの文化を楽しみ、誇れる場があるって言うのが一番大事な事だと思う。

スクワッター

イギリスではスクワッターと呼ばれる、空き家や空きビル、居住者が留守中の家屋などに占領して無断に住みつく人達がいる。

私も30年ほど前に、スクワッターとして空き家に住んでいた知人を訪ねたことがある。

その知人はもちろん家賃を払わず、電気も何か細工を仕掛けて無料で使っていた事を除けば、ごく普通に生活していた。

知人はお金が全くなかった訳ではないけれども、病弱で休職中だったのと、実家と仲違いしていて、親には頼れない立場にあった。

社会現象だったかどうかはわからないけれども、70、80年代のロンドンにはかなりの数のスクワッターがいたと言う記事をよんだ事がある。

でも最近ではスクワッターなんて言葉は聞くことがない。

それが6月から、隣のアパートの地下、正式にはベイスメントと呼ばれている地下の、ひさしがある入り口にスクワッターが住み出した。

うちのアパート(イギリスではフラットと呼ばれる)の隣の建物は、このあたりの自治体が建物全体を買い上げて、高級アパートにリフォームされる予定。ただまだ我が家を含め近隣の住民が、自治体が示すリフォーム案に賛同していない為、工事は先延ばし状態になっていて、隣の建物はしばらく空き家となっている。

どこでどうその情報を聞き付けたかはわからないが、しばらくしてからホームレスの人が、ひさしのあるその場所に夜だけ寝泊まりに来るようになった。

スクワッターが来るたびに、近所の誰かが警察に通報して、警察が退去をいいにやってきたりしていたけれども、スクワッターは室内にはいったわけではなく、入り口先にいるので、不法侵入にはならずに逮捕はされる事はない。

だからか、しばらくするとまた別のホームレスの人がやってきてそこに居座るようになり、また誰かが警察に通報して退去といういたちごっこが何度か続いた。

そしてある日、外見的にも小綺麗で、穏やかな感じの男性が住み出すようになった。

その男性と話す我が夫も「このスクワッターはめちゃくちゃ礼儀正しいし、仕事もやってるらしいで、故郷(カーボベルデ)には4人の子供もいて、何があったかわからんけれども、大変そうや、早く家が見つかってほしいなー」と言って、気の毒で、警察に通報するどころか「空き家が必要な人はどうしたらいいか」なんてスクワッターの為に地上自治体に電話をかけたりもしていた。

それでも日が経つにつれて、多分そのスクワッターの精神状態が不安定になってきたのか、彼の居場所はかなり散らかりだし、食べ残しがそのまま放置されたりして、さすがに近所の住民もスクワッターの存在に辟易しだし出した。

夫が「どうなってるんや」とスクワッターに尋ねると、その彼は「自治体が部屋をみつけてくれたので、来週の水曜日にここを立ち退く予定やねん」と言う。

スクワッターの大量の荷物を見て、夫が「ちゃんと片付けて、綺麗にして出て行ってくれよ」と言うと「この荷物は貧しくて困っている人に寄付する服やねん」と言ったそう。そのスクワッターはいろんなところに捨てられている服を拾ってきて、それらをチャリチィーに寄付をする予定だと言う。

そのスクワッターが去る時、自治体からか、ソーシャルワーカーが来て彼の引っ越しを手伝っていた。

私が出先から戻ってくると、今までスクワッターがいた場所は、かつてないほどきれいに片付けられ、入り口には頑丈な鎖がかかっていた。

イギリスではもし空き家や空きビルにスクワッターが12年以上住み続け、それを証明する事ができたら、Squatter’s Rightsと言って、法的にスクワッターがそこに住む権利を得る。そんな事があるので、スクワッターには誰も長く居着いてもらいたくない。

確かにゴミの問題やら、治安の問題とか、スクワッターに居着かれるのを好む人はあまりいないだろう。

でも、人生で住むとこがないって言うのはほんとに大変やね。

隣にスクワッターがいるのは嫌やけども、あのスクワッターさんの今度の人生がよくなっていく事を心より願う!

まだ比較的片ずいているときの様子

和食でおもてなし

只今、次女が手術受けたあと自宅で療養中なので、もっぱら友人をうちに招待して日本食でおもてなしをしている。

最近は誰もがお寿司や、ラーメンを食べるようになったけれども、レストランではお目にかからない家庭の和食はどうなんだろうか? とにかく家庭の日本食を作ってみる事にした。

近所の友達、イギリス人のMとS夫妻、ご主人のMは好き嫌いが多いと聞いていたけれども、お寿司は食べる人だし、私は思いきってサーモンの押し寿司、お味噌汁、揚げ出し豆腐、ピーマン炒め、白菜とツナの醤油煮、ナスの田楽と普段の和食を作った。

残念なことに、彼はサーモンの押し寿司以外はどれもちょっとだけ口にしただけで、そのまま箸を置いた。かわいそうなM「 これ食べれません」とは言えず、さぞかしお腹が空いていたに違いない。さいわいデザートには日本人のパティシエが作る美味しいショートケーキを買ってあったので、それは喜んで食べていて、こちらとしてはホットした。

夕食に呼ばれて、食べれる物がないって悲しい事やね!

以前ベジタリアンの夫と一緒に友達の家に招待されて行ったら、夫がベジタリアリって事を忘れていた友人は、お肉のオンパレードでおもてなしをしてくれて、うちの夫はひたすら唯一お肉じゃなかったくるみのローストを食べ続けるはめになり、家に帰ってお腹を壊したのを今でも覚えてる。

それがあって、次にきた南アフリカ人の友人Aが健康的な和食が食べたいと言った時は、何を作ろうかかなり悩んだ。彼女は生魚と豆腐が苦手なので、純和風は難しそう!とにかく健康食として私たちがよく食べている料理を提供することにした。炊き込みご飯、ひじき煮、具沢山のお味噌汁、ナスの揚げ煮、水晶鶏、大根サラダ、いんげんのゴマ和え、卵焼き。

想像に反して、Aはひじきを食べるなり「美味しい~」と叫び、なす料理や炊き込みご飯は「レシピを教えて」と、とても喜んだ!

これだから誰が何を喜ぶか、予想がつかない事がある。

次に次女の友人、中国人のGが来た時は、鉄板焼き、ゴボウの金平、インゲンのゴマ和え、ひじき、お味噌汁でもてなした。彼は13歳まで中国で育っているので、味覚的には日本の味に馴染みがあるとわかっていたので、こちらも余裕!想像通り、Gは全部喜んで食べてくれた。特にゴボウと人参の金平は食べながら「美味しい、美味しい」と何度もいって喜んでくれた。

和食をあまり知らない、次女の友人イラン人とギリシャ人のハーフMとイタリア人のCにはカツカレーでおもてなし、これは大成功!

今まで食べたことがない物を食べる時は、味覚以上に匂い、舌触り、見た目が好きかどうかが判断材料になる。一度、イギリス人に湯豆腐を作った時は、あまり好評ではなかった。日本人が作る煮物も食べ慣れていない人には、そこまで美味しく感じられないかもしれない。

ちなみに和食大好きな我が夫は、茶碗蒸しとうなぎがあんまり好みじゃないらしい。

確かに私も子供の頃は、おせち料理に出てくるような純和食はとても苦手だった。高野豆腐とか、かんぴょうとかは食べれなかったのを覚えている。素材の味でいただく、薄口な和食はまだまだ外国人一般には馴染みがないんよろうね。

今ロンドンでは日本食が人気で、いろんな人に料理を教えてと言われるけれど、和食と言っても、和食初心者には唐揚げや豚カツ、いわゆる外国発祥の料理を作った方がいい、断然食べやすい。

さあまた明日も娘の友人が来る。今度は何を作ろうか?

こうしていると私にはあまり日本食のレパートリーがない事がわかる、今一つまたYou Tubeでリサーチしないと!

ドゥブロブニック

クロアチアのドゥブロブニックに小旅行に行ってきた。

海とビーチを目的にした今回の旅、町の至るところから、コバルトブルーのアドリア海が顔を出し、ビーチが点在しているドゥブロブニックは、それを楽しむにはぴったりの町だった。

世界遺産に登録されている、中世の城壁都市である旧市街は、アドリア海の真珠とも言われているだけあって、美しい街並みを誇り、ドゥブロブニックは今や地中海でも有数の人気の観光地になっている。

ドゥブロブニックにはビーチがたくさんあり、私たちもいろんなビーチに行って海を楽しんだ。

穏やかな地中海では、子供からお年寄りまで、いろんな人が海水浴を楽しんでいる。

午後に1人でビーチに来て泳いでる人、おばあちゃん達がまるでお風呂にでもつかっているように、海の中でお友達とおしゃべりしていたり、子供がはしゃいで遊んでたり、カップルが仲良く泳いでいたりと、どの人も海を満喫している。

この街の印象は、さすがに観光都市だけあって、サービス業界で働く人々は、みんな上手に英語を話す事。特にウエイター、ウエイトレスはどこに行っても気持ちがいいぐらいフレンドリー。おそらくクロアチア語を話せる外国人が少ないこともあって、外国語習得は必須なんだろうけれども、いつもいつもこちらは英語で話しかけてばかりで、なんか申し訳なかった。

ビーチにいれば、英語、スペイン語、イタリア語、フランス語、ポルトガル語、ドイツ語と様々な言語が飛び交う。もちろんスラブ系の言葉を話している人もいたけれども、誰がクロアチア人かモンテネグロ人かは私達には全くわからない。

どこを歩いてもアメリカ人、オーストラリア人がいるし、韓国人ツーリストも多かった。まあ英語が世界をつないでくれるので、英語でのコミニュケーションは必須やね!でもせめて挨拶の言葉はもっとクロアチア語を使うべきやったなーと少し悔やんだりする。

ただ事前に聞いてたものの、あまりの物価の高さに驚いた。ベルギーに行った時も物価の高さに驚いたけれども、ドゥブロブニックはそれ以上だ。

ビーチで小さなペットボトルの水を買ったら5ユーロ(約780円)払うはめになったし、アイスコーヒーは、ほぼどこに行っても1杯7から8ユーロ(約1100円から1250円)した。

海の横の見晴らしのいいカフェで、スプライト3つを注文したら、17ユーロ(約2650円)も払った。まあすべては場所代と思って、納得しないとね!

でもこれだけ物価高なら、一体クロアチア人の平均給料はいくらなんやろ? イギリス人の平均給料より高いんだろうか? よくよく観察していたら、ちょっと評判のいいレストランではクロアチア人らしき人はいなかった。カフェ以外はいつも外国人ばかりだったような気がする。

聞くところによると、首都のザグレブの物価はドゥブロブニックほど高くはないらしい、だからドゥブロブニックは観光地の料金やねんね!

もう一つ、事前に聞いていたのは、食べ物がいまいちパッとしないとう事。レストランのメニューは、どこでもあるような平均的なイタリア料理とバーガーのお店が多かった。海辺の街だから、シーフードが美味しいと言われているものの、大きなスーパーに行っても魚介類は売っていないし、地元民はどこで魚を買うんだろうか? 朝市に行ったものの、10時半を回っていたので、魚屋さんは見当たらなかった。

クロアチアの歴史は、古代ローマ、ギリシャ時代からほんの最近まで、ヴェネチア共和国、オスマン帝国、オーストリア・ハンガリー帝国、フランスといつも他国の影響、支配下にあったので、食文化も他国の影響を受けている。特にドゥブロブニックはイタリアとトルコ、ギリシャ料理の影響はを受けているかな? 街にはピッザテリアが多いし、パン屋さんに行くと、トルコやギリシャで人気のパイ生地で包まれたポテトやほうれん草、チーズのボーレッキが売られている。

それでも、なんやかんや言いながらドゥブロブニックの名物料理とされているイカ墨リゾットと、チェヴァブチッチと呼ばれるソーセージも食べる事ができたので、私は大満足。

イカ墨リゾット
チェヴァブチッチ

何よりも、美しい旧市街、フレンドリーな人々、碧海の海、潮風に包まれ、幸せな時間を過ごす事ができて、本当に有難い。Hvala (フヴァラ)Croatia!

 

夫の演奏

我が夫の趣味は音楽。彼はギターを弾き、作詞、作曲をし、自分のミュージックビデオを作った事もある。

そんな音楽大好きな夫だけれども、残念な事にご近所さんのことを考えたら、自宅ではボリューム大でギターを弾いたり、歌う事はできない、と言うか「やらないで」とこちらがお願いしているので、彼は家では存分に音楽を楽しめない。

このな事情が多いからかどうかは知らないけれども、ロンドンではオープンマイクと言って、お客さんが自分の好きな音楽をパブで演奏するイベントがある。勿論パブもお客さんの集客が目的だけれども、アマチュアミュージシャンが演奏する機会を設けられる、音楽好きには有難いイベントだ。

夫は主にDavid Boy やDuran Duranと言った80年代のポップミュージックを弾くけれども、どんな音楽を演奏するかは、各自それぞれ。

沖縄出身の女性グループが、沖縄サウンドを披露したり、とてもシリアスな表情をしたカザフ人女性が急にピアノの前に座ったかと思うと、いきなりドレドレ、ドレミファソファミレと音階を弾き始め、次にエリーゼの為を弾き出したり、ロンドンに旅行に来ていた香港人、フィンランド人のツーリストが夫に伴奏を頼んで、自分の持ち前の歌を歌ったり、音楽学校の生徒が歌いに来たりと、まさにオープンマイクでなんでもあり。

それが先月「今度の金曜日の晩に演奏してくれないか」と、あるパブから夫に嬉しいオファーがきた。

午後7時から10時まで、自分の好きな曲を演奏して、演奏料も少しいただけると言う。まさに自分のしたい事でお金も少しいただけるなんて、夫は大喜びで即決した!

そして昨夜もまた同じパブで、夫は3時間のギグをおこなった。きてくれた友人も、パブのお客さんも同年代が多かったせいか、みんな一緒に歌を口ずさんで、パブ内はとてもフレンドリーな雰囲気に包まれた。

実は私も一緒にいった次女も、実は夫の演奏姿をみるのに初めは少し抵抗があった。自分の子供のバイオリンコンサートにいった時と同じで、「間違うんと違うか」ってこちらがドキドキしてくると思ってたからだ。だけどもみんなが喜んでいる姿を見て、そんな不安も一掃。

音楽が持つ、人と人を結びつける力にも実感させてもらったし、何よりも前回も今回も、成人した友達の息子くん達がパブに来てくれて、大感動。音楽は年齢関係なくみんな楽しめるから最高や!

応援してくれた友人達のおかげで、パブ側も売り上げは上がっただろうし、夫の演奏も評価してくれているみたいで、「また近いうちに演奏しに来てください」と言ってもらえ我が夫は上機嫌。

次回は、歌の上手な娘達と一緒に歌うのが夢のようだ。

若い時、バンドを組んで、ポップスターになることを夢みた我が夫、ポップスターにはならなかったけれども、オープンマイクやライブ演奏のおかげで、人前で演奏する機会ができて本当に有難い。私もいつか勇気を出して、夫の演奏で一曲歌ってみよかな!?