今日は久しぶりに仲良しママ友4人と一緒にビデオコールをした。
現在20歳の次女が小学校1年生の時からのお付き合いで、子供の成長をともに見守り、親として一緒に成長し、そしてお互いの友情の絆も深めていった私たち。
そのメンバーの1人のNはレバノン人。とても綺麗で、教養が深く、話術に長けて、真にかっこいいN。
彼女は誰にも臆することなく言いたいことを理路整然と言え、またそのファッションセンスは抜群で、アラブの大富豪の奥方から買い物のアドバイザーを頼まれるほど、英語で表現するところの「She is one in a million」稀に見る器の人材だ。
子育てのほか、ボランティアで赤十字や博物館のfund raiser (基金調達者)として大活躍してきたNは、7月の中旬に生活の拠点を故郷のレバノン、ベイルートに移した。
これからどんな生活をしようか模索し出していた矢先に、8月4日のベイルート港爆発事故に見舞われた。港の方から煙が見えて、あれーと思って窓に近づいていったその瞬間にドカーンという音とともに家の窓ガラスが全部割れて、飛んできたガラスの破片を体の至るところに受け彼女は負傷した。
割れた窓ガラスの一部が心臓につき刺さった隣人もいる中、奇跡的に彼女の傷は軽傷ですんだという。
ロンドンを発つ前は、「外国で教育を受けたから、ベイルートには家族と親戚がいるだけで、友達が少ないねん。友達作りも1からはじめなあかんし、これから何をしよかな~!」と言っていた友人。でもこの爆発事故で彼女の人生も変化していくことに。
今回の大惨事で30万人が家を破壊されて、住む場所を失ったという。
汚職まみれで腐敗した現政府と政治システムを今こそ自分たちの手で変えていかなければならないと宗教、政治的背景を超えて人々が立ち上がり出した。特に若者のボランティアの救援活動はすごいらしい。そして私たちの友人Nも立ち上がった。
全てを失った人もが他の犠牲者を助ける人々の連帯感と若者の熱意に押され、彼女の中でも何かが固まってきた。「ベイルートを立ち直したいし、自分もその一部になりたい。」と言う友人N。
彼女はもう社会活動をし始めている。爆発事故の直後は彼女も街に出て他の人を助け出し、日々デモにも参加。有識者と若者と連携して近々討論会も企画している。私たちは皆いつも彼女に「政治家になったら」と言ってきたが、本当にベイルート市の市議員を目指すかもしれない。
ほんの8年前には子供達の教育や受験をお互いコーヒーを片手にあつく語った私たち。
その子供達も社会人や大学生になった今、私たちはこれからの人生を見つめ直す時期に入っている。一大事故が原因と言え、自分のやるべき道を見つけたNは、輝いて見えた。
ビデオコールを終えて、私もいろんな思いを巡らせた。何よりもベイルート市民が安定した生活を取り戻せるよう、友人Nが元気で無事に活動を行える事をつくづく願う。