もう30年以上も前の話になるけれども、ある日私がベランダに出て外を眺めていると、ベランダ越しにめちゃくちゃフレンドリーなお隣さんが話しかけてきた。
その隣人はイラクの首都バクダット生まれのアルメニア人リラ。彼女は政治的な理由でイギリスに亡命してきており、丁度その時はお兄さんの所有する、うちの隣のフラットに一時的に住んでいていた。亡命してくるぐらいだからたくさんの困難に直面してきたリラだけれど、経済的に恵まれた幼少期を送ってきたリラには、立ち振る舞いのエレガントさと教養の深さが備わっており、彼女は洗練された素敵な60代の女性だった。
中近東の文化、歴史、食べ物に興味のあった私と、隣人との間に友好関係を求めていたリラとはすぐに意気投合して、それ以来彼女はたびたびランチを作って私を招待してくれた。
リラの作ってくれた食べ物は全て美味しい物ばかりで、私は今まで口にした事がなかった料理をたくさん食べさせてもらった。彼女の作る料理は遠い国の香りが詰まっており、なぜか私をノスタルジックにさせ、それをきっかけに私はどんどん中近東の料理に魅せられていった!
そのリラが亡くなってもう10年以上は経つが、先週末のマーケットでかぶを見た時、急に今は亡きリラを思い出した。
「そうや昔リラがよくかぶのスープを作ってくれたっけ!」
リラのかぶスープ、バクダット風はチキンストックにたっぷりの皮をむいたトマト、一口サイズに切ったかぶ、ニンニク、ドライミントとレモン汁を入れて味つけし、リラはそこに自家製クルトンをいつも入れていた。
多分ドライミントが異国の味を連想させたんかな?あー懐かしのあの味をもう一度食べてみたい。
リラが作ってくれたの数々のお料理の中でも当時の私が一番異国を感じた一品がある。リラのレモンチキンだ。
まず、一つかみのサフランを潰したカルダモンといっしょにテーブルスプーン3杯のローズウオーターにつけておく。
チキンを色がつくまでオリーブ油で焼き、焼けたらチキンは他の器に移しておき、同じフライパンにスプーン1杯の小麦粉と水を加えて混ぜ合わす。そこにとっておいたチキンとさらに一口大に切ったじゃがいも、テーブルスプーン2杯分のレモン汁、ローズウオーターに浸かったサフランを入れる。
リラはここにセヴィージャオレンジも少し入れていた。とにかくローズウオーターとサフランの香りは、アラビアンナイトの世界に入ったような気持ちにさせてくれたっけ。
リラの人生は政治に翻弄され、彼女は多くの財産を失った。ロンドンに来た彼女を助けたのは、昔彼女の実家で働いていた運転手さん家族。ロンドンに来てビジネスで成功したその家族とリラの立場が逆になったのをリラは物悲しそうに語ってくれた。
リラが亡くなった時、私は次女を出産したばかりで少し彼女と疎遠になっていた。ある日私は急にできた用事で家の外にでた。私が表玄関を出た瞬間、リラの家を時々お掃除にきていた女性とたまたま遭遇。
「リラは最近どう、彼女元気にしてる?」
「実はリラは先々週に亡くなって、彼女のお葬式は明日の午後にあるんよ」とその女性が教えてくれた。
その時私はリラが彼女のお葬式のことを私に知らせにきてくれたんやと直感でわかった。
翌日彼女のお葬式に出るためにアルメニア正教会にいった。生まれて初めてアルメニア正教会の中に入る事に。教会がお香で満たされ、神父達がアルメニア語で賛美歌を歌う。
リラは最後の最後まで私に異国感を味あわせてくれた。有難うリラ!
今週末は彼女に教えてもらったかぶのスープを作ってみようと思っている。